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木曜日, 2月 25, 2010

雪の山

25日は、雪が融けてゆくのが目に見える暖かい一日でした。手稲前田森林公園近くの「雪捨て場」では、白い雪山の表面が融けて雪に混じっていた土砂が全体を覆い土の山が出現している。この山がすっかり消えるのは例年5月の連休頃だから、北海道の冬は油断できません。反対側には38年前、札幌冬季オリンピック会場になった手稲山が見えています。
雪捨て場

 手稲山

火曜日, 2月 23, 2010

住宅展

JIA北海道支部が編集している「建築家カタログVOL.4」の出版を記念して、明日24日(水)から28(日)までの日程で、札幌市中央区南2西2「ほくせんギャラリーivory」にて展覧会が開かれます。写真は設営が終了した山之内建築研究所の展示です。会場へ、ぜひお越し下さい。

月曜日, 2月 22, 2010

週末

20(土)午後から、リプランイベント建築相談会への出席のため札幌市内西区のリプラン本社へ向かう。最近の住宅設計での傾向をクライアント目線でプレゼンテーションしました。相談会にいらっしゃった皆様ありがとうございました。


21(日)午前中、小樽祝津の茨木鰊番屋にて土地建物所有者の茨木家当主が見守る中、所蔵品の調査と仕分けをおこなった。魚網や浮きなどの漁具、碇(いかり)などの船具が残されています。
碇(いかり)や魚網

午後から、札幌に移動して昨年11月に亡くなった北海道の建築家・上遠野徹氏を「偲ぶ会」に出席。遺影の下台にたくさんの小さなロウソクが並べられ、300名を超える来場者の献花の列に私も加わりました。ロウソクの繊細な炎の光が揺れて輝き一人の建築家の壮大な人生を讃えるかのようでした。そして角幸博北大教授の司会で船木幹也、下村憲一、圓山彬雄、豊嶋守各氏のJIA北海道支部歴代支部長による座談会がおこなわれました。

夕刻からは、場所を移して食事をしながらの「偲び会」。写真はその一場面。故人と親交のあった編集者の平良敬一氏と故人の一番弟子でもあった圓山彬雄氏が感慨深く思い出を語られた。
その場で、私も数十年ぶりに旧知の建築家や知人たちと感動的な再会ができたことを感謝したい。
中央は上遠野徹氏の遺影

土曜日, 2月 20, 2010

株立ち

1円になり値がなくなってしまったJALの株のことではなく、樹木の幹が根から分かれ植栽されている状態をいうのだが、人工の庭が自然のままに見えることから私は好んで植えている。


今日、20日午後から西区山の手の「リプラン本社」での建築家相談会にこの話をしようと考えている。お待ちしていますので、是非お越し下さい。

木曜日, 2月 18, 2010

ネコの居場所

我が家の主暖房は、20年前に入手した小樽川辺石油製のポット式灯油ストーブで、ポットつまり寸胴鍋のような容器に注がれた灯油が過熱しガス化することで完全燃焼する仕組みだ。シンプルな機構と炎が見えるところが気に入って手放せない。かつては広く使われていたようで懐かしいと言いながら火のつけ方を教えてくれた客もいた。以前、小樽の北一ガラス店舗内にも設置されていた記憶があるのだが、とうに生産中止で部品交換はおろか修理もままならない。かろうじて分解清掃だけは隔年におこない現在に至っている。耐熱用に積んだコンクリートブロックが適度に蓄熱してネコの一番のお気に入りの場所になっている。

火曜日, 2月 16, 2010

冬鳥

隣家の庭木に小鳥のえさ台があるためか冬鳥が群れをなして訪れている。今日は見上げると路上の電線に整列していた。小雪がちらつくなかiPhoneを取り出しカメラに収める。シャッター音がスタートを合図して、競争するかのように一斉に飛ぶ「つぐみ」。

月曜日, 2月 15, 2010

リプランイベント告知

2月20日(土曜日)午後1:30から「建築家セミナー&相談会」があります。


場所はリプラン(札幌市西区山の手3条5丁目3-5)2階です。

私の他に3名の建築家が参加し、セミナー後には無料住宅相談会も行ないます。私はセミナーで「建築家がつくる住宅の魅力」をお伝えできればいいなと考えています。当日、皆さまのご来場を心よりお待ちしています。

リプランWEBサイトより転載

土曜日, 2月 13, 2010

歴史的建造物の活用

13日、来月に迫った祝津の茨木家鰊番屋の施工前の準備調査で小樽へ向かう。小樽の街は晴天で雪の反射がまぶしい。「アートによる小樽再生を目指して」と題して、NPO小樽ワークスによる歴史的建造物活用のイベントが開催されていた。正午過ぎ、開門したばかりの建物に入る。

旧三井銀行小樽支店 アートワークされた内部

某菓子メーカーが所有して以来6年間一般公開されることのなかった「旧三井銀行小樽支店」の内部を見学できた。ボランティアスタッフの丁寧な説明で気持ちよく一巡りした後、ロビーでコーヒーを飲もうとして60年前にこの銀行で行員だったという、私の母親くらいの年配女性と合席になった。一般公開されるという情報を知って、わざわざ札幌から来たという。懐かしそうな表情で、海外にも支店を有していたため他の銀行にはない優雅さがここにはあったのだと言う。私は建築関係者だと明かすと、この建物は今後どうなるでしょうか?と問う。このまま使われるのでしょうねと半ば無責任に応えたのだが、往時の活況を知っている目は不安そうに宙に浮いたままだった。

今回のイベントは歴史的建造物活用にとってたいへん良い試みを実践していると感じた。ただし、アンリアルなアートだけですべてが再生活用できるとは思えない。その意味では地域の集会所として再生活用される私たちの祝津茨木家鰊番屋が、いわば泥臭いリアルな試行になるだろう。
地下貸金庫内部金庫扉と回廊部

写真は、その行員すら現役時代にはほとんど入ったことがなかったという地下貸金庫室。

金曜日, 2月 12, 2010

棟札解読

小樽祝津の茨木家鰊番屋から棟札が発見されたのだが、そこに書かれていた大工棟梁のお孫さんで、東京在住のY氏から資料が送られてきた。決して分かるはずがないと思っていたのだが、偶然が重なって分かった。
梁によじ登り棟札を見つけた学生の偶然、室蘭工大で講演に来ていた建築家・西方里見氏に鰊番屋の話をした山之内の偶然、棟札の写真を秋田へ戻った西方里見氏にメールした時たまたま事務所にいた能代市役所のM氏が棟梁につながる情報を知っていたという偶然、それらが見事につながった。いま、墨書された棟札が読み解かれようとしている。
棟札一枚から、100年という時空を超えて一人の大工棟梁の人生を垣間見ることができる、改めて記録するという意味を考えさせられる出来事だ。
                   
                     写真中央が大工棟梁・山田留三。

月曜日, 2月 08, 2010

住宅計画調書

計画のスタートに際してクライアントの基本情報やさまざまな設計条件など、部外秘の個人情報を計画調書というペーパーに書き出してもらうのだが、今日クライアントから手渡されたペーパーには早速「住宅エコポイント」の要望が出されていた。「住宅エコポイント」なんという浸透力だ。今年は、これがキーワードになるのかもしれない。


山之内裕一/明治のラストサムライの末裔/室蘭工大で建築を学ぶ/16年間の設計事務所勤務の後独立して十数年/カタチあるものはなんでも設計できるはず/現在、住宅設計に没頭している/戸建住宅設計実績は50件以上/建築では想定外のことが必ず起きる/すべてが特殊解で、普遍的な解答がない/作ることが罪にならないように作る/難しいけれど面白い

以前書きとめた自己紹介の文面を見つけた。ちょうど十年ほど前の頃だったろうか、あれから時間が随分と経過した。読んでいて新鮮な気持ちになった。計画調書にこの拙文を載せておこう、そう思った。
山之内建築研究所の書式

月曜日, 2月 01, 2010

楽しく暮らす

30日、非常勤で通っている北星学園大学の学外講師交流会があった。私のような学外からの協力者と学内の先生たちとの交流会である。いかに一般社会と結びつけた教育ができるか、もはや学外の協力なしでは教育が成り立たないという。そのような主旨の集まりなので、実は非常勤講師の面々が一番楽しそうに話していた。楽しく教えることは楽しく学ぶこと。


31日、「千歳のエコハウス」の一年点検に向かった。補強コンクリートブロック造3階建ての構造体に外断熱を施し、空気熱源のヒートポンプで床暖房と給湯をまかない、太陽光パネルで発電している戸建住宅だ。一年間の生活体験を通じて居心地や使い勝手の良さなどお褒めを頂いた。同時にこれからの設計にも参考になるであろう改善点についてもご指摘を受けた。ありがたいことである。一年会わないうちに随分大きくなった子供さん達、ご家族みなさんが楽しく暮らしている痕跡を食卓のCB壁に発見し、写真を撮らせていただいた。

金曜日, 1月 29, 2010

暖かい家

給気ユニット

道路側外観
作業後確認のため先日一年点検を終えた「山の手の家」を訪れた。玄関を入るなり、マイルドな暖かさに包まれました。床下に回した暖房配管が、ベタ基礎コンクリートの蓄熱容量を最大限に生かしています。写真は第三種換気の給気ユニット。木板張りの控えめな外観も感じがいいですね。

木曜日, 1月 28, 2010

エコポイント

国土交通省パンフレットより

28日午前中、住宅エコポイント説明会に出席しました。先週予定されていたものの希望者多数で追加開催となったのです。会場は旧北海道厚生年金会館。この建物が完成したのは私が大学生の頃だ。一時閉鎖されていた時期があり、大ホールに入ったのは何年ぶりだろう。などと感慨にふけっている余裕もなくぎっしり埋まった座席に身を沈める。折りしも本日夕刻2009年度第2次補正予算が28日午後の参院本会議で可決、成立した。住宅エコポイント制度が動き出した。対象となる住宅の仕様は平成11年度の次世代省エネ基準を満たせばよく、新築の木造住宅それも2階建以内の4号物件に限って言えば指定確認検査機関へ依頼する証明書の発行業務も比較的簡単に行なえそうだ。数枚の図面添付と書類への書き込みが必要で、設計事務所等が若干の事務手数料をいただいたとしてもクライアントにとっては30万円相当の還元があるから美味しい話に違いない。ただし、エコカー補助金のように直接個人口座に現金が振り込まれるわけではないようですが。

月曜日, 1月 25, 2010

恩師再会


23日、高校時代のクラス会があり久しぶりに担任だった斎藤孝先生を囲んで数時間の再会をしました。高齢になるとともに仕事などでの社会との関わりが少なくなると、体の中心が崩壊するような気持ちに襲われたという。人生の大先輩の一言にはさすがに含蓄があります。ライフワークの科学啓蒙活動で手作りされた「ストロー鉄砲」をお土産にいただいた。みんなに広めてくださいとのことなので、写真と解説を載せました。

金曜日, 1月 22, 2010

冬の手稲山

22日、かつて非常勤講師としてお世話になった小樽市銭函(ぜにばこ)にあるポリテクカレッジに向かった。途中、手稲前田森林公園近くを通ると手稲山がパノラマのように広がる。往きは稜線がくっきり見えたのだが帰りは雲に隠れている。冬の山は一瞬たりとも同じ顔を見せてくれないようです。

木曜日, 1月 21, 2010

忙中閑有

昨日20日は、旭川へ向かいました。昨年完成した「旭川友の家」で新年初の打合せ。
出席者の皆さんに初めての冬でいろいろ気づいたことなどを伝えていただきました。
今日21日は、小樽への往復。小樽祝津鰊番屋の工事監理で工務店の担当者との打合せ。

この時期、冬道の運転は気を使います。昨日は、雪が解ける暖かさでアスファルト路面は黒々と顔を出し快走そのものでしたが、今日の夕方はすっかり凍結。油断するとまるでスケートリンクのようにタイヤが滑り危険。焦ってアクセルを踏むと余計からまわりする。誰でも分かってはいるのだが忙しいときこそ心の余裕を、か。
コーヒー店で、目をやった窓辺の餌台に野鳥が来ている。どうやら冬鳥のツグミらしい。北海道の冬は美しいと気づく一瞬だった。



土曜日, 1月 16, 2010

温度差25

屋外ー5℃
室内20℃
16日午後、まぶしいほどの陽ざしに誘われて外に出るとこれぞ北海道という肌を刺す寒さ。実測値は外気温マイナス5℃で予想より暖かい。室内気温は少し低めの20℃、室内外で25℃の温度差が生じている。同じ時刻同じ北海道でマイナス10℃を下回る場所では室内外の温度差は30℃以上に達している。だから北海道では、住宅は食品冷蔵倉庫のような高性能の断熱が要求される。

木曜日, 1月 14, 2010

積雪200

13日
14日
あたりさわりなく天候の話題で始まる話で、誰もが同じように今年はおかしいという。例年雪が多いはずの所に雪がめっきり少なく、札幌のほうがよほど多いですねという。札幌も少ないですよと返すのだがいつでも帳尻が合うのが北海道の冬の常だから、まして昨年の記憶すら定かではない私の声は弱い。写真判定によると、今朝の庭は昨日よりおよそ200mm積雪が増えた。昨夜短時間の間に積もった雪だ。

水曜日, 1月 13, 2010

補講

今日13日は、北星学園大学で補講日。12月に、小樽祝津鰊番屋の工事入札業務が重なったためやむなく休講とした代替日。正月明けの学生はどんな顔をしているのだろう、と思いきや変わりなし。数日前に成人式を終えた2年生が1/3程度いる。試験に代わるレポートを課している最中なので、みな真剣。課題は、キャンパスの中で感謝する空間を見つけよというもの。キャンパスを設計した建築家、故上遠野徹氏への感謝の意味を込めた、数年続けているキャンパス発見の課題だ。感謝をどう解釈するのか、どこに感謝を発見するのか、それをどうレポートするのか来週の結果が楽しみである。

4時半をまわって校舎を出た。すっかり暗くなった雪明りの道を振り返って講義棟を写す。今年の札幌は、寒さは例年通りだがいままでのところ雪が少ない冬の日が続いている。

木曜日, 1月 07, 2010

続ルイス・カーン

バングラデシュに建築家ルイス・カーンが残した国会議事堂が、紙幣になっているという記事をイタリアの建築雑誌カザベラJAPANに見つけました。印刷された本の1ページとは言え、そのままコピーするのはいささか気が引けたので、見本と上書きしました。



自分が設計した建築が国の顔になっている、これぞルイス・カーンです。

他愛ない話題ですが、そのむかし現地を訪れたことを想い出したという、正月ならではの話です。